これは、障害か。


…障害、という響き。

疾患というのは、まだ分かりやすい。(医学的に)目に見えて異常がそこに存在する。
しかし障害、というのは定義が実に難しいものだ。


例えばICIDH、ICFというものがある。
世界保健機構(WHO)が1980年に発表した障害のレベルがICIDH(国際障害分類)。
そして時代の流れや世の批判を受けて2001年に発表となったのがICF(生活機能・障害・健康の国際分類)である。

ICIDHでは、疾患が能力障害を招き、それによって社会的不利に陥るといった障害の捉え方をした。
これはつまり、まず先に本人の疾患、障害が発生し、それによって社会的な不都合が生じているということだ。

一方、IFCでは、障害を万人に関わるものと提示した。
障害の原因には環境因子、個人因子があり、それによってその人の心身機能・身体構造、活動、社会参加に影響を及ぼす、といった捉え方だ。疾患ありきではなく、複雑な関係性(相互モデル)の中であらゆる人にとって「障害」が関わることを表す。


昨今を思うと、当然にICFの捉え方がしっくりくる。
たとえ疾患があったとしても、それが本人の機能に影響がなければ障害とは言い切れない。
また、客観的にそれが障害だと見なせないとしても、本人の活動に何らかの影響があるのであれば、それは主観的に「障害」ということだ。

ところでなぜ、ICFなのか…それは、精神保健的な「健康」の認識とともに、疾患では言い切れないものが溢れ始めたから。


あからさまな精神疾患(語弊を招いたらごめんなさい)であればともかく、非常に、グレーゾーンが増えた。
それには某世界的な診断マニュアル(DSM)の改訂やその裏にある製薬業界の云々…というのはさておいて、
人間の文化、生活様式が発展、多様化する渦のなか、当然これまで伝統や慣習や制約などに隠されていた個の
精神状況が明らかになったことが大きく関わっている。


まして、だ。こうやって自由に創作、表現ができて、自由にネットを経由して世界に配信ができ、SNSで言いたいことを匿名で投げることもできる。当たり前に、隠すことなく、自分の「生きにくさを」主張できる。考えることができる。所狭しと促進剤がある。
…そうすると、どうなのだろう。IFCだけで納得のいくものなのだろうか。

人の思考、感情は際限なく溢れ出す。ICFで言う主観的な障害ということだけをくりぬいて分析しようとしたら、それだけでもかなり深刻で、何をもって障害とするのか、とてつもなく難題ではなかろうか。
「生きにくさ」=障害なのだろうか。


同じ行動パターンであれど、環境が違えば生きにくいこともあれば、生きやすいこともある。
ただそこで障害と言えるのかは、更にその生きにくさの主観的バロメータが必要である。

 

まあ。上記は余談。
何が言いたかったかといえば…後述。


自分は今まさに、その「生きにくさ」の限界が目前の状況下にいる。
そしておそらく、環境さえ変えれば、多少は、その生きにくさが改善されることも分かっている。
ただし、居ても立ってもいられず、この度真剣に、障害か否かと検討するところにきた。
…かっこつけてしまい回りくどいが、要は、真面目に医者にかかるに至ったワケだ(笑)。


まずは客観的に障害かどうかのゲタをもらう。
それからさらに、主観的な生きにくさが、主観的な障害であるかについて、整理し、自ら決裁したい。

そんな具合である。

こう見えて、自分はある程度精神保健分野に足を突っ込んでいる身。
簡単な見立てならもう自己分析で十分、そりゃ他人より自分が一番自分のことを知っている。
なので今回は、医者なんぞより、しっかりと医学的値のみ参考にしたうえ、最終的な判断は自分で行いたい。


少しは自分と向き合い、最終的には創作に帰依する意味としたい。


ああ…ICFの主観的部分に特化したモデルはできないものか。
(自分の勉強不足であれば、知りたい所存。)

 

以上。

 

小宮


Write a comment

Comments: 1
  • #1

    Kelle Kellems (Thursday, 02 February 2017 02:53)


    Hi there, after reading this awesome article i am as well delighted to share my familiarity here with mates.